Azul図書室 今まで読んだ本の「自己の記録」であり、誰かの目に留まり手にとって読んで頂けたら、さらに嬉しいとても私的な「ブックコーナー」でもあります。時間つぶしにお立ち寄りください。
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大阪には、「モノレール文庫」っていうのがあります。大阪北部を東西に走るモノレール。大阪空港(伊丹空港)から、門真南までかな。その各駅には、乗降客が不要な本を寄贈できる、そう、モノレール文庫っていう小さな本棚があるのです。時々掘り出し物があるのですが、今回は「林芙美子全集」。タイトルの「放浪記」をはじめ、前述の「浮雲」も入っているし、初期の頃の詩もあっての、なかなか充実の内容。
さて、その「放浪記」ですが、日記形式で、自伝的要素の強いフィクション。その投げつけるような、素っ気ないような、執念深いような構成と文体は、読むものを翻弄します。元祖ワーキング・プアってやつだし。そのスピード感や、故郷を弄るような切なさは、一度体験する価値はあります。
なお「森光子のでんぐりがえし」は、「放浪記」とは一切無関係。
さて、その「放浪記」ですが、日記形式で、自伝的要素の強いフィクション。その投げつけるような、素っ気ないような、執念深いような構成と文体は、読むものを翻弄します。元祖ワーキング・プアってやつだし。そのスピード感や、故郷を弄るような切なさは、一度体験する価値はあります。
なお「森光子のでんぐりがえし」は、「放浪記」とは一切無関係。
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写真を始めた頃、花を撮るのは好きじゃなかった。だって、もともときれいなものをきれいに撮ったってどうよ、って。どんなにきれいに撮ったって、本物の方がいいに決まってるって。
メープルソープ展を見に行って、考えが変わった。
花はきれいなだけじゃない。気持ち悪かったり、エロ過ぎたり、悪意に満ちていたりもする。
その時の写真展は花よりもポートレートの方が多かったけれど、私は「花」ばかり見ていた。
それから花を撮り始めた。
メープルソープ展を見に行って、考えが変わった。
花はきれいなだけじゃない。気持ち悪かったり、エロ過ぎたり、悪意に満ちていたりもする。
その時の写真展は花よりもポートレートの方が多かったけれど、私は「花」ばかり見ていた。
それから花を撮り始めた。
島とカレーと生ビール
どこの島もいいけど、伊勢湾にある「答志島」がいいなあ。加唐島(玄海灘)もいいし、やっぱり池間島、ええっと加計呂麻(カケロマ)島...どこの島も、日本列島北から南まで、魚がうまい!椎名氏たちの旅の締めは、カレーライスと生ビール。こんな国がほかにあるか!ゆうてみぃ!って叫びたくなる美味しそうな写真も満載。???マークが食後にくっつく「伊勢うどん」も、まあ日本の美食文化のワンポイントです(このうどん、かつおだしで食べるたり、鍋に入れたりしたらいけるんですよ)。 「波のむこうのかくれ島」も読んでみたい。
どこの島もいいけど、伊勢湾にある「答志島」がいいなあ。加唐島(玄海灘)もいいし、やっぱり池間島、ええっと加計呂麻(カケロマ)島...どこの島も、日本列島北から南まで、魚がうまい!椎名氏たちの旅の締めは、カレーライスと生ビール。こんな国がほかにあるか!ゆうてみぃ!って叫びたくなる美味しそうな写真も満載。???マークが食後にくっつく「伊勢うどん」も、まあ日本の美食文化のワンポイントです(このうどん、かつおだしで食べるたり、鍋に入れたりしたらいけるんですよ)。 「波のむこうのかくれ島」も読んでみたい。
今や翻訳界のアイドルとなった柴田元幸さんが選んだ現代アメリカ文学の短編を、英語と氏の翻訳と原作者の朗読で楽しむことができるSuperな一冊。「村上春樹 ハイブ・リット」もあったけれど、読んでみたい作家が柴田版の方に多かったのでこちらを選びました。ポール・オースターの「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」が入っている!ハーヴェイ・カイテルの映画「スモーク」での語りが忘れられない。バリー・ユアグローやスティーヴン・ミルハウザーはまだ読んだことがないので、それも楽しみで。
本の冒頭に楽しみ方が載っているのですが、私のやり方としては、原文を読む→翻訳を読む→CDを聴く。「翻訳をしてみる」なんてのも載ってたけど、そこまではしないかなぁ。でも、最後に「自分で朗読する」っていうのを入れてみようかな、とは思ってます。
こんなに良い本なので、もっと安価で若い人たちに読んで欲しいと思う。2500円はちょっと手が出にくいです。それだけの価値はあるのは分かっているので、例えばペーパーバックにしたらもう少し安くならないかなぁ。
それと、「翻訳は柴田・村上」みたいな宣伝している本屋もあるけど、翻訳家というのは、特にこのクラスになると、自分の好きな作家を選んで訳しているわけなので(もちろん選んで紹介してくださる作品は素晴らしいものであるのは間違いない)、そればかりだと「偏る」傾向は否めない。翻訳本を楽しむ秘訣としては、いろんな翻訳家が選んだいろんな傾向の作品を、自分の嗜好で選択できるようになること。もちろん最後に原文を目や耳で楽しめたらいい。この「ハイブ・リット」シリーズ、たくさんの翻訳家でやってほしいです。
本の冒頭に楽しみ方が載っているのですが、私のやり方としては、原文を読む→翻訳を読む→CDを聴く。「翻訳をしてみる」なんてのも載ってたけど、そこまではしないかなぁ。でも、最後に「自分で朗読する」っていうのを入れてみようかな、とは思ってます。
こんなに良い本なので、もっと安価で若い人たちに読んで欲しいと思う。2500円はちょっと手が出にくいです。それだけの価値はあるのは分かっているので、例えばペーパーバックにしたらもう少し安くならないかなぁ。
それと、「翻訳は柴田・村上」みたいな宣伝している本屋もあるけど、翻訳家というのは、特にこのクラスになると、自分の好きな作家を選んで訳しているわけなので(もちろん選んで紹介してくださる作品は素晴らしいものであるのは間違いない)、そればかりだと「偏る」傾向は否めない。翻訳本を楽しむ秘訣としては、いろんな翻訳家が選んだいろんな傾向の作品を、自分の嗜好で選択できるようになること。もちろん最後に原文を目や耳で楽しめたらいい。この「ハイブ・リット」シリーズ、たくさんの翻訳家でやってほしいです。
「断食」は愛か?
韓国では年上の女性のことを「ヌナ」(おねえさん)と呼ぶらしい。年功序列のはっきりした国ですからね。在日韓国人のチョンヨンは留学先のソウルで下宿屋の「ヌナ」に惹かれる。「ヌナ」がパリへ写真の勉強に旅立つ前の一週間、いきなり「からだにいいから」と断食をはじめる。かたちがなく目に見えないもの、「国籍」「民族」「従属心」そして「恋心」思えば満たそうとしても満たされない空腹感が伴う。
作者の幼い頃の風景、家族を描いた「きっとふたたび」と「幽霊たちの住むアルバム」が切ない。自分の幼い頃の心象風景と不思議に重なる。 本来は写真家として活躍しているという韓国人女性の初短編小説集。ページに挿入される写真の選び方がすごく参考になる。
韓国では年上の女性のことを「ヌナ」(おねえさん)と呼ぶらしい。年功序列のはっきりした国ですからね。在日韓国人のチョンヨンは留学先のソウルで下宿屋の「ヌナ」に惹かれる。「ヌナ」がパリへ写真の勉強に旅立つ前の一週間、いきなり「からだにいいから」と断食をはじめる。かたちがなく目に見えないもの、「国籍」「民族」「従属心」そして「恋心」思えば満たそうとしても満たされない空腹感が伴う。
作者の幼い頃の風景、家族を描いた「きっとふたたび」と「幽霊たちの住むアルバム」が切ない。自分の幼い頃の心象風景と不思議に重なる。 本来は写真家として活躍しているという韓国人女性の初短編小説集。ページに挿入される写真の選び方がすごく参考になる。
終戦間近、奄美諸島の孤島「カケロマ島」で、「スーサイドボート」(特攻船)の出撃を待つ日々の体験を描いた「出孤島記」は有名だけど、これはまったく同じ題材をまるで遠い国のおとぎ話のように描いた恋のお話。
「山の端の向こうの青白い月夜の部落には真珠を飲んだ冷たい魚がまな板の上に死んだふりをして横たわっているのだ。」 その魚の傍に寝そべる娘。ほのかなエロチシズムにクッと息をのむ。がけっぷちをつたって秘密の浜辺で逢う二人には、ただただみぞおちがちじこまる。初めて出会う不思議な文体がすごく新鮮だった。
「山の端の向こうの青白い月夜の部落には真珠を飲んだ冷たい魚がまな板の上に死んだふりをして横たわっているのだ。」 その魚の傍に寝そべる娘。ほのかなエロチシズムにクッと息をのむ。がけっぷちをつたって秘密の浜辺で逢う二人には、ただただみぞおちがちじこまる。初めて出会う不思議な文体がすごく新鮮だった。
ポルトガル語を独習するためのCD-ROM付きテキストブックです。英語圏の人対象の本なので、解説はテキストもCD-ROMもすべて英語。そんでもってブリティッシュ・イングリッシュ。なので、英語のヒアリングの練習にもまあなりますね。で、けっこう最初の方からポルトガル語の会話文はバシバシ飛ばします。なので、文法を日本語できっちり勉強した後でないと、ちょっと難しいかと思います。ダラダラとはだけど、ブラジル語だけど、ゆるゆるポルトガル語講座を受けてた恩恵がちょっとありました。
よかったのは、CDのなかで「ああしましょう、こうしましょう」というガイダンスがけっこうあること。日本のこの手のテキストのCDの内容は、高速でポルトガル語を流すだけで非常に不親切なものが多いです。
で、ポルトガル語の会話ですが、Kが聴いてて「なんか、ポルトガルにいたときのこと思い出して、嫌な気分になる」くらい、現地っぽいみたい。特に女の人の声が。
「あっちのおばはん、こんなしゃべりかたやわ」
よかったのは、CDのなかで「ああしましょう、こうしましょう」というガイダンスがけっこうあること。日本のこの手のテキストのCDの内容は、高速でポルトガル語を流すだけで非常に不親切なものが多いです。
で、ポルトガル語の会話ですが、Kが聴いてて「なんか、ポルトガルにいたときのこと思い出して、嫌な気分になる」くらい、現地っぽいみたい。特に女の人の声が。
「あっちのおばはん、こんなしゃべりかたやわ」
この季刊誌を書店で見つけて、その回のテーマの視点がすごく斬新だったので、すぐ購入した。そのタイトルは「ラナイで選ぶゆるりハワイ」。ラナイ、というのはハワイ語でベランダのことです。ハワイのホテルやコンドミニアム、B&Bを思い浮かべたとき、そう言えば必ず「ラナイ」が登場する。みなさんも、ハワイに行ったことのある人は、ラナイで写真を必ず一枚は撮っているかと思うのですが。で、この号は、「ラナイ」に特徴のあるアコモデーションをいろいろ紹介していました。一番憧れたのは、カウアイ島の「ワイメア・プランテーション・コテージ」。そこのレストランは利用したことはあったけれど、あんな素敵なラナイがあるなんて。。。で、高いのよね。でも、いつか、いつか絶対。
その号から、発行を楽しみにしていたのだけれど、やはり売り上げのことを考えると、あれなのかな。。。最近の内容はほとんどオアフ島中心で、ちょっとありきたりな内容になってきている。それが少し残念。
その号から、発行を楽しみにしていたのだけれど、やはり売り上げのことを考えると、あれなのかな。。。最近の内容はほとんどオアフ島中心で、ちょっとありきたりな内容になってきている。それが少し残念。
近藤純夫さんの著書は他にも持っている。「ハワイ・ブック」「ハワイ・トレッキング」。自然派だけど、火山とか山歩きとか、『体育会系』よりだった氏が、「花」に向かうことは、ごくごく自然なことと感じてしまう。ハワイの花々は、この島に生まれたものもあり、遠く海を渡ってきたものもあり、どちらも過酷な生存競争を生き抜く。生き抜けないものは、絶滅しかない。ただ、生き抜く力・環境を、人間が作る手助けもできる。以前はハワイに行っても、ただ海や山や街を楽しむだけだったけど、次行くときは、山や海辺を歩きたい。いろんな花や木を感じたい、と痛烈に感じる一冊。
藤原初体験
食わず嫌いだった藤原新也を初めて食べた。写真展の売店で購入したので、やはり写真が多い本にした。これは「はじめての自伝小説」と銘打たれている。2ページ1章で次の2ページは見開きの写真という構成で、全31話。2ページづつ少年が大人になっていく。
「ギターで太陽を登らせる?」
「黒いオルフェ」の逸話が3つ出てくる。特に「元有名歌手」のいかがわしさがよい。
31話。東京に旅立つ少年。母と次春が小さくなっていく映像。最後の写真がちょっと違うなあー、なんて言って涙をごまかす私。胸の下がちりちり痛い。ちなみに次春っていうのは、隣に住んでいた爺さんの生まれ変わり、の猫。
食わず嫌いだった藤原新也を初めて食べた。写真展の売店で購入したので、やはり写真が多い本にした。これは「はじめての自伝小説」と銘打たれている。2ページ1章で次の2ページは見開きの写真という構成で、全31話。2ページづつ少年が大人になっていく。
「ギターで太陽を登らせる?」
「黒いオルフェ」の逸話が3つ出てくる。特に「元有名歌手」のいかがわしさがよい。
31話。東京に旅立つ少年。母と次春が小さくなっていく映像。最後の写真がちょっと違うなあー、なんて言って涙をごまかす私。胸の下がちりちり痛い。ちなみに次春っていうのは、隣に住んでいた爺さんの生まれ変わり、の猫。
映画にもなって、最近公開されたそうだ。
インド人の夫婦が、仕事で身を立てるためにアメリカに住み、アメリカで子供を育て、そしてその子供がインド人としての、アメリカ人としての、アイデンティ ティに悩みながら成長し、いつか両親の生き方を理解していく、といった、悪く言うとよくあるっぽい話なのだが、小説はプロットの面白さが命だとは私はまっ たく思っていないので、こういうどこにでもある題材を優れた文章力で表現している本に出会うと、とても嬉しいのだ。
ストーリーが奇想天外なわけではないので、映画化はどうか、って話になるのだけれど、こういう話のほうが逆に映像の美しさや音楽の美しさ、俳優の巧さなどが素直に入ってきて、映画館なんかで観るととてもいい気分になると思うのだ。
インド人の夫婦が、仕事で身を立てるためにアメリカに住み、アメリカで子供を育て、そしてその子供がインド人としての、アメリカ人としての、アイデンティ ティに悩みながら成長し、いつか両親の生き方を理解していく、といった、悪く言うとよくあるっぽい話なのだが、小説はプロットの面白さが命だとは私はまっ たく思っていないので、こういうどこにでもある題材を優れた文章力で表現している本に出会うと、とても嬉しいのだ。
ストーリーが奇想天外なわけではないので、映画化はどうか、って話になるのだけれど、こういう話のほうが逆に映像の美しさや音楽の美しさ、俳優の巧さなどが素直に入ってきて、映画館なんかで観るととてもいい気分になると思うのだ。
「The Bath」と「A Small,good thing」。最初の課題が「The Bath」だった。淡々とした、短いセンテンス。言葉を補足するべきか、原文のリズムを保ち、意訳を避けるか、とにかく、私の翻訳レベルでは手に負えない代物だった。先生はその後、「A Small, good thing」を課題とした。 同じ作家の、同じ小説。ただ、そこには登場人物の感情、終末、がはっきりと書き込まれていた。 「どちらが好きですか?」
と両方の課題のレビューが終わった後に、聞かれたのを 覚えている。
私は、「The Bath」を選んだような記憶がある。他の生徒は 「A Small,good thing」を選んだ人が多かったような覚えもある。舞台となる病院の、冷たい床の温度が感じられるような、前者の文体に、好み、というより、衝撃を感じたのかもしれない。 その後、この小説家のこれらの作品を含んだ翻訳が、次々と出版され、私はすぐれた翻訳を手にし、また違った印象を受けることになる。
小説家は、「レイモンド・カーヴァー」
翻訳者は、「村上春樹」
翻訳学校の課題で上記の作品を取り上げた頃、何故これら 2作品がこれほどまでに違うのか、作家が歳を重ねて、手を入れたくなったのか、ぐらいに考えていた(講師もその理由については述べなかったと思う。)。ただ、このような例が日本文学に、いや、世界の文学にそうは存在しない。 この謎を解く(とっくに解かれてはいたのだけれど) 本がこれ。「月曜日はみんな最悪というけれど」。 そこにはスキャンダルらしき騒動の顛末も書かれていが、村上氏やリチャード・フォード氏の、カーヴァーへの深い敬愛が確認できる。遠いどこかに置き去りにしていた。翻訳スクールに通っていた日々。辞書に首っ引きだった日々。 謎が解けて、カーヴァーの翻訳本を実家の本棚から掘り当てた。この「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」の中で、非常に印象的なカーヴァーの言葉がある。
「多くの人は小説家に波瀾万丈な人生、現実の世界で
苦労をする人生を求める。ちょうどヘミングウェイの人生
のようにね。ぬくぬくと大学の先生をしながら、偉大な
小説が書けるのかって言う。しかしそういうものは、みんな
ただの神話なんだ。」
その神話を作品を作る側に求める人々、その神話を信じ続けている作る側の人々。その氾濫の中にいて、「天賦」を見出すことの難しさ、そして面白さ、を感じる。
と両方の課題のレビューが終わった後に、聞かれたのを 覚えている。
私は、「The Bath」を選んだような記憶がある。他の生徒は 「A Small,good thing」を選んだ人が多かったような覚えもある。舞台となる病院の、冷たい床の温度が感じられるような、前者の文体に、好み、というより、衝撃を感じたのかもしれない。 その後、この小説家のこれらの作品を含んだ翻訳が、次々と出版され、私はすぐれた翻訳を手にし、また違った印象を受けることになる。
小説家は、「レイモンド・カーヴァー」
翻訳者は、「村上春樹」
翻訳学校の課題で上記の作品を取り上げた頃、何故これら 2作品がこれほどまでに違うのか、作家が歳を重ねて、手を入れたくなったのか、ぐらいに考えていた(講師もその理由については述べなかったと思う。)。ただ、このような例が日本文学に、いや、世界の文学にそうは存在しない。 この謎を解く(とっくに解かれてはいたのだけれど) 本がこれ。「月曜日はみんな最悪というけれど」。 そこにはスキャンダルらしき騒動の顛末も書かれていが、村上氏やリチャード・フォード氏の、カーヴァーへの深い敬愛が確認できる。遠いどこかに置き去りにしていた。翻訳スクールに通っていた日々。辞書に首っ引きだった日々。 謎が解けて、カーヴァーの翻訳本を実家の本棚から掘り当てた。この「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど」の中で、非常に印象的なカーヴァーの言葉がある。
「多くの人は小説家に波瀾万丈な人生、現実の世界で
苦労をする人生を求める。ちょうどヘミングウェイの人生
のようにね。ぬくぬくと大学の先生をしながら、偉大な
小説が書けるのかって言う。しかしそういうものは、みんな
ただの神話なんだ。」
その神話を作品を作る側に求める人々、その神話を信じ続けている作る側の人々。その氾濫の中にいて、「天賦」を見出すことの難しさ、そして面白さ、を感じる。
映画「冬冬(とんとん)の夏休み」の原作。なぜ「安安」が「冬冬」になったか?っていうのは分からない。
「冬冬(とんとん)の夏休み」は、台湾の巨匠、ホウ・シャオシェン監督の80年代の作品である。この原作を書いた朱天文さんは台湾で人気の女流作家だそう で、私も他に「台北ストーリー」「荒人日記」を読んだことがある。昔から、ホウ・シャオシェン監督と一緒に脚本を書いたりしていたそうなので、映画はこの 原作の細部まで、いやそれ以上に丁寧に作られていて、原作がノベライズではないかと思うくらい。
お話はとてもシンプルで、母親が出産間近なため、夏休みに田舎の祖父母の家に預けられる幼い兄妹の小さな成長物語、といった風情。
その中で、懐かしさを特に覚えるのが、祖父母と孫達の関係。大人たちは幼い子供たちが来たからといって、特に生活習慣を変えたりはしない。大人が決めた ルールを子供たちがやぶると叱るし、子供たちもやっぱりやりたいことはやりたいわけだから、大人の目を盗んでいろいろ悪さをする。けれど、祖父母(特に祖 父)に対して、子供たちは敬意を持っている。「認めて欲しい」という切ない気持ちも持っている。そしてまた、子供たちの純粋な思いや好意に、大人たちの色 のつきすぎた心が少し溶け出したりする。
そんな関係が懐かしい。私が幼い頃、祖父母は私たち孫を「猫可愛がり」はしなかった。孫の言いなりには、絶対にならなかった。悲しいぐらい・・・。そうい えば、父が孫を叱り飛ばしているところをみたことがない。できないのだろうな。だから親以外の親族で怒鳴っているのは私だけ。ほほ。
そんな懐かしい思いと、日本の旧き農村に似た風景を感じながら読むと、さらにじわじわくる物語である。それをそのまま映像で味わうことができるのが映画「冬冬の夏休み」なのだ。
「冬冬(とんとん)の夏休み」は、台湾の巨匠、ホウ・シャオシェン監督の80年代の作品である。この原作を書いた朱天文さんは台湾で人気の女流作家だそう で、私も他に「台北ストーリー」「荒人日記」を読んだことがある。昔から、ホウ・シャオシェン監督と一緒に脚本を書いたりしていたそうなので、映画はこの 原作の細部まで、いやそれ以上に丁寧に作られていて、原作がノベライズではないかと思うくらい。
お話はとてもシンプルで、母親が出産間近なため、夏休みに田舎の祖父母の家に預けられる幼い兄妹の小さな成長物語、といった風情。
その中で、懐かしさを特に覚えるのが、祖父母と孫達の関係。大人たちは幼い子供たちが来たからといって、特に生活習慣を変えたりはしない。大人が決めた ルールを子供たちがやぶると叱るし、子供たちもやっぱりやりたいことはやりたいわけだから、大人の目を盗んでいろいろ悪さをする。けれど、祖父母(特に祖 父)に対して、子供たちは敬意を持っている。「認めて欲しい」という切ない気持ちも持っている。そしてまた、子供たちの純粋な思いや好意に、大人たちの色 のつきすぎた心が少し溶け出したりする。
そんな関係が懐かしい。私が幼い頃、祖父母は私たち孫を「猫可愛がり」はしなかった。孫の言いなりには、絶対にならなかった。悲しいぐらい・・・。そうい えば、父が孫を叱り飛ばしているところをみたことがない。できないのだろうな。だから親以外の親族で怒鳴っているのは私だけ。ほほ。
そんな懐かしい思いと、日本の旧き農村に似た風景を感じながら読むと、さらにじわじわくる物語である。それをそのまま映像で味わうことができるのが映画「冬冬の夏休み」なのだ。
水中写真はむずかしいぞ。
池澤夏樹氏と水中写真家(っていうんだろうか)の高砂淳二氏、陸上写真家(これは言わないだろな)の垂見健吾氏が、お魚人ジャック・マイヨールと過ごした至福の3週間をルポルタージュした本。マイヨールが死ぬ前に買って、死んだあとなんか読む気がしなくて、でふと人を待ってる間に読み始めたらすごく楽しくて。「じゃあ何故死んだんだろ。」って少し思ったけど、それからすぐにやめた。3週間で人のことなんかわからない。1年かけても、一生かけても、人には絶対わからない部分がある。それをあれこれ考えたって結局「邪推」に過ぎない。ジャックが楽しくイルカと戯れ、クジラに添う姿が確かにあったのだ、それだけでいいような気がした。でも、クジラはすごい。彼らが地球を制覇してもおかしくないのかな。でも、しない。そんなことには興味がないから。て、書きながら昔給食で出てきた鯨の竜田揚げ風が妙に懐かしかったりする、ちっちゃい、ちっちゃい、わたし。
池澤夏樹氏と水中写真家(っていうんだろうか)の高砂淳二氏、陸上写真家(これは言わないだろな)の垂見健吾氏が、お魚人ジャック・マイヨールと過ごした至福の3週間をルポルタージュした本。マイヨールが死ぬ前に買って、死んだあとなんか読む気がしなくて、でふと人を待ってる間に読み始めたらすごく楽しくて。「じゃあ何故死んだんだろ。」って少し思ったけど、それからすぐにやめた。3週間で人のことなんかわからない。1年かけても、一生かけても、人には絶対わからない部分がある。それをあれこれ考えたって結局「邪推」に過ぎない。ジャックが楽しくイルカと戯れ、クジラに添う姿が確かにあったのだ、それだけでいいような気がした。でも、クジラはすごい。彼らが地球を制覇してもおかしくないのかな。でも、しない。そんなことには興味がないから。て、書きながら昔給食で出てきた鯨の竜田揚げ風が妙に懐かしかったりする、ちっちゃい、ちっちゃい、わたし。
「戒厳令」より「オムレツ」
以前読んだ本の読み直しです、っていうより読みたい個所があっての拾い読みです。私が「今世紀最高の旅行作家」と個人的に思っているイタリア人アントニオ・タブッキ氏が、サラザール政権下、戒厳令下のリスボンを舞台に書いた小説です。気になったのは戒厳令ではなくて、確か主人公のペレイラが毎食のように食べていたのはどんなオムレツだったっけ。でこれ以上太ると危ないと言われて食事治療を始めてから食べてたのは何だっけ...冷蔵庫の中にある2つの卵をどう料理しようか、と思案中にふとこの小説が読みたくなったわけです。タブッキはけっこう難解、って思われてて(確かにそんなのも多いです。)とっつきにくいところがあるんですが、「レクイエム」「...ペレイラ...」「ダマセーノ・モンテイロの失われた首」いわゆるポルトガル三部作は、こんな楽しみ方ができるんです。「レクイエム」はちょっと盛りだくさん過ぎるんですが、「ダマセーノ」はポルト名物「もつ煮」がキーポイント。食べ物だけじゃなくて街の名前や建物を拾い読むのも面白いです。ちなみに「ペレイラ」に頻繁に登場するのは香草入りオムレツとレモネード(うげっ!) ペレイラ氏はダイエットのため「海洋療法」クリニックに行って4kg痩せます。ほんと本筋と関係ないところもおもろい。
以前読んだ本の読み直しです、っていうより読みたい個所があっての拾い読みです。私が「今世紀最高の旅行作家」と個人的に思っているイタリア人アントニオ・タブッキ氏が、サラザール政権下、戒厳令下のリスボンを舞台に書いた小説です。気になったのは戒厳令ではなくて、確か主人公のペレイラが毎食のように食べていたのはどんなオムレツだったっけ。でこれ以上太ると危ないと言われて食事治療を始めてから食べてたのは何だっけ...冷蔵庫の中にある2つの卵をどう料理しようか、と思案中にふとこの小説が読みたくなったわけです。タブッキはけっこう難解、って思われてて(確かにそんなのも多いです。)とっつきにくいところがあるんですが、「レクイエム」「...ペレイラ...」「ダマセーノ・モンテイロの失われた首」いわゆるポルトガル三部作は、こんな楽しみ方ができるんです。「レクイエム」はちょっと盛りだくさん過ぎるんですが、「ダマセーノ」はポルト名物「もつ煮」がキーポイント。食べ物だけじゃなくて街の名前や建物を拾い読むのも面白いです。ちなみに「ペレイラ」に頻繁に登場するのは香草入りオムレツとレモネード(うげっ!) ペレイラ氏はダイエットのため「海洋療法」クリニックに行って4kg痩せます。ほんと本筋と関係ないところもおもろい。
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